2025年 3月分コラム テイク3 大変お久ぶりでございます。名誉会長を死後も続けさせて頂いております宮崎です。

一般社団法人日本単独居宅介護支援事業所協会
ケアマネジャーを紡ぐ会
名誉会長
宮﨑 直樹

みなさま、大変お久ぶりでございます。

紡ぐ会の名誉会長を死後も続けさせて頂いております宮崎です。

さて、事の経緯を時系列に沿ってご説明を致します。

2024年1月15日の月曜日に紡ぐ会の幹部会が開かれました。

そのときの議題の中で、2024年度の研修内容やコラムの確認作業があり、この2025年3月分の担い手がいなかったので、わたしが執筆することになりました。

この時点でわたしの身体的状況は、がんの末期も末期で、往診医が週1回の訪問、訪問看護は毎日訪問で健康状態の管理や摘便の実施などしてくださるなか、訪問リハにおいては下肢が完全麻痺になっているので、拘縮しないように、リハビリを実施している状態です。

そのような中で、往診医にあとどのくらいもちますか? と尋ねたら、映画のような回答で爆笑してしまったのですが、これは、クイズにしたいくらいですねぇ。

さぁ

なんと言われたでしょうか?

正解は

「今年のさくらは、見れませんねぇ」

でした♡

そんな事を人生で言われる人が本当に存在したんです。

あれ、映画のセリフじゃないですよぉ。

こんな状況なので、このコラムが出されている時には、もちろんお空の上に行ってます。

それか、息子の事が、心配で心配で心配で心配で心配で、地縛霊になっているか・・・

いままで、家族をないがしろに生きてきて、最後の最後に家族のお世話になるなんて随分と調子がいいなぁっと、反省もしております。

このコラムは、2024年1月20日に書いております。このコラムが投稿される

1年以上前に書いていますので、いまのこの国の状況に沿ってない内容になっていることをご理解ご了承ください。

また、途中から呼称が「わたし」から「俺」になりますが、自分らしく書きたかったので、その辺もご理解ください。

「紡ぐ」とは、綿や繭から繊維を引き出し糸にすることを指します。

中島みゆきさんの「糸」という歌の歌詞で

縦の糸はあなた、横の糸はわたし

織りなす布は、いつか誰かの

傷をかばうかもしれない。

紡ぐ会を始めて10年弱になります。

残念なことに、まだまだだと思うのですが、介護業界はいろいろな意味で「糸」に成り得ていない。

ここ数年は、政治的なアプローチを含めて一歩ずつ歩みが進んできたかもしれませんが、国会議員の排出も出来ていない状況です。

このときに感じていたことは、「縦の糸はあなた」医療を想像しました。「横の糸はわたし」

これを介護業界だと感じていました。

織りなす布がこの国の傷をかばう。

介護業界が、「糸」に成らなければ、布を織りなす事が出来ないんです。

だから、「紡ぐ会」なんです。

介護業界をまず、「糸」にしたい。そして、医療とともに、この国をかばう布を織りなしたい。

そんな想いを込めて命名しました。

では、紡ぐ会は介護業界を「糸」に出来たでしょうか。

出来たとはとても言えないです。

ただ、兆しは見えてきたと思います。

これから紡ぐ会は加速していく。

おそらくですが、希望を込めての数字で、会員数は、この1年間で5000名を超えたことだと思います。

一つ一つのセクションも広がりを見せていると思います。

まず、ななしょくプロジェクトは、厚労省のみならず、経産省とも活動している事でしょう。

政治と介護を紡ぐ会では、超党派で要望書などを用い、きちんと国にモノ申してるでしょう。もしかしたら、国会議員をすでに輩出して、国のど真ん中で「介護職なめんな」って俺の代わりに誰か言ってくれてるかもしれない。

紡ぐ会が苦労の末に民間資格として生み出した産業ケアマネは、人材の育成を開始して、企業と契約が出来た産業ケアマネが全国で、ぞくぞくと出てきそうな手ごたえを感じていて、実際に10名を超える実践者が現れていて、多くの産業ケアマネに対して、お手本を示しだしているでしょう。

それにより、産業ケアマネの資格取得者は、うなぎのぼりでしょう。

設立当初から、地道にやり続けて、ずっと好評いただいているケアマネ向けの研修は変わらずの大人気でしょう。

(天気予報みたいっすね)

くやしいなぁ・・・

まさに、これから・・・

夢半ば・・・

くやしいなぁ・・・

自分の人生をこの介護業界の地位向上のために、マジで全力で注ぎ込んできました。

国のど真ん中に行って、やっぱり自分で「介護職なめんな」って言ってやりたかった。

くやしいなぁ・・・

でも、本当は、それほどでもない。

なんでか。

俺の代わりに、このコラムを読んでいる誰かが、俺の想いを具現化するために行動している姿が目に浮かびます。

会社は、初代が作り、2代目で傾き、3代目で潰す。と言われますが、紡ぐ会は、どうやら

初代が種まきをして、2代目が花を咲かせて、3代目が日本の福祉を担う大きなひまわり畑のようになるようです。

そして、2代目が天皇陛下から勲章を頂くようです。

この業界に入ると決めた20代前半、人知れずに目標を掲げてました。

30歳で起業して、40歳で市議会議員になり、50歳で国会議員に当選して、60歳で厚生労働大臣になって、65歳で総理大臣になる。

高卒の入れ墨入った、「男尊女卑」男の、ド昭和、右寄り、勘違い野郎が20歳で掲げた夢でした。

ここで話はそれますが、ひとつみなさんに、夢の具現化のヒントです。

まず、理想と夢を分けてください。そして、理想はとにかく口に出す。夢は語らない。

これは、どういうことかというと、20歳の勘違い野郎の俺が、総理大臣になるって言ったって誰も何も思わないどころか、あたまいかれた現実逃避してる、可哀そうな奴になってしまいます。

しかし、10年後に社長になるって宣言して、そのための努力を見せれば、誰も笑わない。

なぜなら、素行の悪いあんちゃんが、努力の末に社長になるってことは、履いて捨てるほどある話だからです。

ここでのポイントはきちんと努力している姿を示すこと。

そうすると、自分でも努力をしている事で自信をつけ、他者に口にしたことによって、決意がより強固なものになり、自分の行動がさらに変化するんです。

この10年後の社長になるというのは、夢ではなくて、理想なんです。

その上の市議会議員から総理大臣までが夢になる。この夢の部分は理想が叶ってから口に出します。

俺は30歳で宣言通り社長になりました。

社長になってから、口にした言葉は、40歳で市議会議員になる。

誰一人も笑いませんでした。

家族からの反対はありましたけどね(笑)

もし、このタイミングで、大臣になるとか言ってたら、馬鹿にされてたと思います。

だから、夢は言わない。安っぽくなるから。

そして、30歳から40歳の10年間の自分の行動は、理想の自分、「市議会議員になる」という目標にむけて、努力を積み重ねたわけです。

そして見事、1回落選はしたものの、2回目の挑戦で、理想の自分を41歳で手に入れたわけです。

(どんなに努力しても、全部が計画通りには、行かないですけどねぇ。落選するなんて、想定してなかったし、落選がこんなに精神的にダメージを受けることも知らなかったし・・・)

それでも、挫けずに2回目の挑戦で市議会議員になりました。

なった瞬間から、俺が口にしていたのは、国会議員になる。と公言してました。

市議会議員になると、入れ墨が入った元素行の悪い高卒介護職が、国会議員になると言っても誰も笑わない。むしろ、応援してくれる。

この時の俺の肩書は、10年間、介護事業所を、花の都‟大東京”と、千葉県船橋市で2店舗、経営している社長で、さらに、「ケアマネジャーを紡ぐ会」これは、一般社団法人ですが、それの代表理事をして、船橋市議会議員です。

そんな40歳の俺には20歳のころの大きな夢として掲げた、50歳で国会議員になることは、必然的に理想に格下げとなり、現実味を帯びたわけです。

これまで、厚生労働大臣になりたいとか、総理大臣になりたいとか言わなかった。

それは、50歳で理想の自分を手に入れたときに、今までと同様に、夢がまた理想となり現実味を帯びたものになったときに、公言する。

そうやって、いままで、自分にプレッシャーをかけながら、努力と行動をしてきたから。

(ぶっちゃけると、ここ数年は、紡ぐ会の前田れいこ岡崎市議や、佐藤つぐみ船橋市議の特別な星に生まれましたオーラを目の当たりにして、自分が国会議員になるより、この人たちを押し上げた方が、介護業界の為だと思って、俺の夢を託そうって思ってました。これ、本にも書いてると思いますが・・・でも、本当の本心の本心は、自分が国の中枢に行って、「介護職なめんな」って言う事を諦めきれないでいました・・・)

いやぁ・・・

46歳で死ぬとは思わなかったわぁ・・・

しかぁし、俺の想いは、誰かの手によって具現化される。

だから、ステージ4の告知を受けたときに、最後まで自分の役割を果たす事を決めました。

抗がん剤や放射線治療をうけたのですが、副作用が非常に強く出てしまう体質のようで、続けると、寝たきりで思考回路も定まらないけど、2年くらい生きられる。

治療をやめたら、半年くらい生きられるけど、自分を保てる。

簡単な決断でした。

半年間、俺として生きて、最後まで役割を果たす。

ここでは、伝えきれませんが、みなさんが引くくらい最後の最後まで、役割を果たしたんです。

ちなみに、この時は、介護保険法改正だったので、毎晩おそくまで、対策を検討してましたし、日中は職員と個別面談を実施したり、医療用麻薬を飲みながら、痛みに耐えて仕事してました。

てか、いまも、背中めっちゃ痛いんですが、パソコン打ってます。

自分のこれまでの大きな役割を考えたときに、最後まで、人と人とを繋げる。人を焚きつける。新たな仕組みを作る。自分でも笑っちゃうくらい、こんなことをしてました。

(予測ですが、本当に死ぬ寸前までやったと思います。これは、実際はその時の状況を書けるわけないので、本当にただの予測です。)

「死ぬsoon」の中、どんなことをやっていたか、わかりやすいのでいえば、産業ケアマネの道場、あれ、自慢ですが、1から100まで全て俺の構想です。

もちろん人選も全て俺です。

あの超有名な(介護業界村のなかでね)YouTubeの福祉のふくちゃんが道場の師範になってくれたのも、このコラムを書いている前日の話しです。

みなさん。

行動しませんか。

行動が出来ないなら応援しませんか。

妬み嫉み僻みから卒業しませんか。

卒業出来ていたら、そういう人を見つけたときに、その人を卒業させてあげませんか。

俺・・・

正直・・・

こんなこと言いたくないけど・・・

仲間だと思っている全国のケアマネからの妬み嫉み僻みで

病気になったと思っています・・・

殺されたと思っています・・・

大げさですね・・・

すいません・・・

でも、この表現は消しません。。。

みなさんが味わったことのないくらいの負の感情を毎日毎日、知らないケアマネやら知ってるケアマネにぶつけられてきて、一時期、精神的に不安になり、自費で通院もしてました。

将来、総理大臣になるのに、過去に通院履歴が残るのが嫌で、証拠が残らないように自費で受けてたんです。先生にお願いして個別対応でやって貰いました。

みなさん。

行動しませんか。

行動が出来ないなら応援しませんか。

妬み嫉み僻みから卒業しませんか。

卒業出来ていたら、そういう人を見つけたときに、その人を卒業させてあげませんか。

俺に最後できることは、何か。

みなさんに問いかける事だけです。

みんな仲間じゃないっすかぁ。

みんな仲間っすよぉ。

ごちゃごちゃ言わんと、助け合って、一つになって、自分たちの価値を高めて、世の中に認めて貰いましょうよぉ。

労働者なんだから、認めてもらうって事とは何か。

日本の平均年収460万円に対してケアマネの平均年収420万円、これを最低日本の平均年収は上回るようにしましょうよぉ。

そして、われわれ、介護現場の人間だけでは、この国の福祉を守ることは出来ないのだから、地域や一般企業にも協力して貰える体制つくりを、ケアマネが中心となってやりましょうよぉ。

それが地位向上に繋がるんですから。

俺が、やってきた紡ぐ会とは、このことの具現化のために、やってきました。

だから、まずケアマネが身軽になる研修を実施することで、心と身体にゆとりを持って、

自分たちの行動を起こしやすい環境を作りたかったのです。

そして、一般企業が福祉に興味を持ってもらう仕組みを作り、さらに福祉の担い手となる。これを実現化したのが、ななしょくプロジェクトです。

もう少し付け足すと、認知症になっても自分の居場所それは、「働く」という高度な居場所を確立することで、要介護状態であっても、自身の存在意義の保持また、尊厳を保つことが出来る場の提供を大手企業と共に作り上げる。まさに、地域包括ケアシステムの高度な完成版です。今後は中小企業とも連携して、その歩みを進めていくことでしょう。

次に、多くの介護職は政治から目を背けています。これは、介護職だけに限らず日本国民全体の課題でもありますが。

しかし、われわれが取り扱っている介護保険は制度です。きれいごとでは済まない。

だから、政治と介護を紡ぐ会として、政治家の発掘育成、法律を作るのは、政治家です

これを無視することは出来ないんです。自分たちの立場は自分たちで作り上げるんです。

最後に産業ケアマネ資格の創設によって、介護離職防止をきっかけに、企業とのつながり、地域とのつながりを積極的にできる人材の育成する。従来の法定研修のような内容では無く、現実の世界に沿って、産業ケアマネが何をすべきかを明確に示し、その具現化のための行動が出来る訓練の場を提供しています。

種まきはできました。

ここからは、みなさん次第です。

この国のために、どうかみなさん。

行動をよろしくお願いします。

介護屋みらいを立ち上げるにあたって、くるみ介護サービスの中山社長には、返しても返しきれない恩を与えて頂きました。

立ち上げ当初の俺の給料は3年間、月8万円でした。

そのときは、毎日のように、夕飯を食べさせてくれました。

みらいの看板なども、中山さんがプレゼントしてくれたものです。

「与える人」ということを学ばせて頂きました。

紡ぐ会がなるべく無料、もしくは、低料金で運営している、その原動力は、中山さんから

教わった「与える人」という概念です。

「与える人」とは、物理的に何か与えるというわけではなく、私はあなたを見ているよ。あなたの味方だよ。という安心感を与えてほしい。

そしてあなたが、もし、金銭的に余裕があれば、それは、中山さんのように、だれかに、食事でもおごってあげて、その人に向き合ってほしい。

あなたが、社長なら、社員から搾取するのではなくて、給料をちょっとでも、多く与えてあげてほしい。

自分に出来る「与える人」になってほしいと願っています。

空の上か、地の底かわかりませんが、みなさんを応援してます。

紡ぐ会や介護屋みらいの幹部によくいうセリフを言って〆ます。

まぁ、うまくやってよぉ。頼んだよぉ。